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有田健太郎のエッセイコーナーです


by a_k_essay

パウダースノー

見上げてごらん。
それはスポンジを小さく千切った、少し灰色がかったゴミのよう。
ずんと重たい空から静かに落ちてくる。
どんどん落ちてくる。
ある一定の場所になるとそれらはすっと現れ、音もなく地面に落ちて壊れる。
いや、実際は音がしているのかもしれない、だけど聞こえない。

僕は頭を動かしてそれらをよけてみた。
今度は大きく口を開けてその一つを受けてみた。
ほんの少しの冷たさと、ほんの少しの水分が僕を嬉しくさせた。

ゲレンデに響く有線ミュージックは、機械的なリフトの滑車音と共にその響きを山肌に奪われ。
両足にスキー板、両手にストック。
僕は再び、えいっと真っ白な斜面へと飛び出した。
固められたパウダースノーが、ギュッギュッときしむ音がした。


九州育ちの僕が岩手で生活し始めて一番差を感じたことは『寒い』ということだった。
−10℃、そりゃ感じるさ。

冬になると仲間達は、スキーやスノーボードをするためにスキー場に出かけた。
スキーよりはギターを弾いていた方がよかった僕だったが、その日はせっかくだからと仲間に連れられて岩手山のスキー場へ来ていた。

スキーは上手くも下手くもない(本人談)。
僕の情熱は、『かっこよく滑る』というより『いかに派手に転ぶか』ということに燃やされた。
初心者向けの広く緩やかなゲレンデを滑るくらいなら、転がりながらでも上、中級者コースを行く方がよかった。
なかでも分岐したコースの端っこ、まだだれも滑っていない新雪の中を滑るのはお気に入りだった。


当時、岩手ではスノーボードが流行始め、スキーからスノーボードに切り替える仲間も多かった。
しかしまだ広くは認められてなく、『ゲレンデが荒れる』として数多きベテランスキーヤー達からは煙たがられていた。
自分も、まだボードで上手な人など目にしたこともなく、格好がチャラチャラしていたので断固保守派(スキー)に回っていた。

「あんなのダメだよ、スキーの方が上やね」

しかし、実際は少し興味があった。


ぼっこーん☆

分岐したコースから本線に戻る緩やかなカーブ。
でこぼこ地帯で加速して止まれなくなり、ウホウホウヒョーと派手に転んでしまった。

宙に舞うストック、パンと外れて勝手に滑ってゆくスキー板。
体もなかなか止まらない。
ようやく止まった時のあの充実感ったらありゃしない。

寝転がったまま見上げる空は、手に届くよう。
流れる雲は水の中で溶いた白い絵の具のよう。

はぁ、いいなあ。


「大丈夫ですか?」

気づくと、同じ年くらいの女の人がすぐそこで心配そうにこちらを見ていた。
きっと派手に転んだままずっと動かなかったからだろう。

彼女はスノーボーダーだった。
僕が照れ隠しに笑うと、彼女も笑った。
ゲレンデや砂浜、浴衣姿で見る女の人は、だいたい2.5割増しくらい可愛く見える。
タクシーの深夜料金もびっくりである。
すぐそこで笑っている彼女は、天使のようだった。


その後、僕はどことなく彼女を捜していた。
仲間達とロッジで昼食をとる時も、リフトの上からも、さっ爽と滑る時も。
しかし、ゲレンデは広かった。

仲間との集合時間が近づいていた。
最後の1本を滑ろうとリフトを乗り継ぎ中級者コースへと降りようとした時、僕は彼女を見つけた。
彼女は男女含めた数人のボード仲間と、今まさに急斜面へと繰り出そうとしているところだった。
リフトを降りた僕は力強くストックで地面を押しやり、急いでそちらに向かってみた。

ふっ

急斜面へ落ちるように消えた彼女はまるでスローモーションのよう。
急いで斜面を覗き込む。
再び舞い始めた粉雪の中、彼女は縦長のS時を描きながら霞む白い下界に消えていった。


…やっぱ、ボードだな。
これからはボードだよ。

えいっ!

僕も彼女のように飛び出してみた。

ぼっこーん☆



直視しても痛くない、ぼんやりとした太陽が雪の流れを教えてくれる。
まるで月のよう、きっと白夜のよう。
ここはもしかしたら雲の中なのかもしれない。

雪は、スポンジを小さく千切った、少し灰色がかったゴミのよう。
モノクロ陰影の空から静かに落ちてくる。
どんどん落ちてくる。
ある一定の場所になるとそれらはふっと現れて、音もなく地面に落ちて壊れる。

口を開けてみた。
入ると思ったそれはかすかに逸れて、頬に落ちてチリリと溶けた。
by a_k_essay | 2010-01-24 01:42