有田健太郎のエッセイコーナーです


by a_k_essay

命は、僕らを通って未来へゆく

桜がはらはら舞っている。
自分は福岡県の出身なので入学式と桜が重なった記憶はないのだけど、今年の関東はちょうど重なっているようだ。
やっぱり桜はいいよね。

居合わせた中国出身の知人に聞いたところ、中国では桜はほとんど見られないそうだ(場所によってとは思うけど)。
別れ、出発、そんな区切りの時期に位置する春。
また、四季のあるこの国で、辛い冬の後にやってくる春。
桜は日本人にとって、切っても切り離せない『春』の象徴なのだろう。
自分もついつい故郷を思い出してしまう。


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【スズメのいたずら。スズメは桜の花が咲くと、付け根をくちばしでちょんと切って遊ぶのです。】



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【見上げれば、喜び溢れる花シャワー、見下ろせばこんな所にも、隙をついて芽、芽。
命は全身から溢れている。】



先日、祖母が亡くなって49日がたった。
両親が共働きだったため祖母との思い出はたくさんあり、その影響も多大である。
祖母は、自分はもちろん、みんなに愛されていた。


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日本海に位置する福岡は、晩冬の頃にしては珍しく晴れ空だった。
お世話になっておきながら恩知らず、演奏とぶつかってしまいお通夜には出席することができなかった。
葬式が終わって時間をみつけた自分は、祖母のアルバムをもう一度開いてみた。
古いが、しっかりとした写真に驚かさせられる。

祖父を早くに亡くした祖母は、女でひとつ、3人の子どもを育てた。
実際は7人の子どもがいたのだが、4人は早くに亡くしてしまったのだそうだ。

祖父は裕福な家の出だったらしく、当時の写真もたくさん残されている。
しかし祖父がなくなったあと、戦争で全ての財を失った祖母の苦労は大きく。
子どもの頃聞かされた沢山の昔話を、よく覚えている。


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【ページを開けば。。祖父は写真好きでまめな人だったらしい】



ページを開けば、ぱりりと音がして、現在と遠い時代が時々シンクロしてしまう。
いつの時代も、みんな一生懸命に生きていた。

自分の弟は結婚していて1歳になる娘がいる。
自分からすると姪に当たるわけだが、可愛くてしょうがない。
弟も辛い仕事の大きな支えになっているようだ。

遠い時代では珍しくなかったのかもしれないが、子どもを亡くす辛さは計り知れないものだろう。
4人の子どもを亡くして、祖父を亡くして、それでも一生懸命に3人の子どもを育て上げた祖母を、みんな尊敬している。


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【遠い日の祖父母】



97歳という大往生で生涯を終えた祖母と最後に会ったのは、半年程前。
危篤の知らせで福岡に戻った時だった。
半分ぼけてしまって、何を言ってるのか分からない祖母が自分の顔を見て反射的に言った。
箪笥の中に2万円入ってるから、持っていきなさいと。
なんとも情けない話である。

自分は19歳で家を出て、それからは年に1度帰省すればよいという有様だった。
昔からダメダメでいつだってお金がなく、それを察してか察さずか時あるごとにそんな自分にも小遣いをくれた。

学生の頃、バンド演奏で仙台へ行った時。
大きな公園の野外ステージでプロアーティストの前座として、演奏をしていた。
祖母はたまたま仙台にいる伯母さんの所に遊びに来ていて、話を聞いてその会場に居合わせたのだ。

演奏を終えた自分は、数百人の観客の前をかっこよく風を切ってテントの張られた特設楽屋に戻って行く途中だった。
祖母は嬉しかったのだろう、人々をかき分け「けんちゃん、けんちゃん」と1万円を持って自分に手渡そうとするのである。
当時21歳だった自分は嬉しさよりも前に恥ずかしく、そっけなく接してしまったことを覚えている。


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【祖母に抱かれて】



葬儀を終えた待合室。
かつて自分もそうだったように、何も知らない小さな子ども達は元気に走り回り。
それを見守る大人達は、祖母のことや近況、昔の話、当人も思い出せないようなたわいもない話をしていて。
西へと移った冬の陽は、障子に漉(こ)され畳に落ちていて。
そこは、そんな陽だまりのように軟らかく暖かく、人のことを思うやさしい気持ちで満ちていた。


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【姪の『ゆいの』。可愛いったらありゃしない。
なかなか寄ってきてくれないので、お菓子で引き寄せて捕まえるのです。】



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【当時はまだまだ硬いつぼみ】



当時は硬く飴艶だったつぼみ達も、花開き、今では進む春風に舞って散ってしまいつつある。
本当に一瞬だ。時はどんどん流れてゆく。

その昔、一生懸命に生きた多くの人達の命が僕らの中に少しずつ。
遠い未来、僕らの命の断片が一生懸命に生きる人達の中に少しずつ。

ここで言うリレーは、単に子孫を残すという意味ではなく関わりのこと。

命とは散って消えてなくなるものではなく、形なく、つぎつぎと受け継がれてゆくものなのかもしれない。
たくさんの命で引き継がれ守られてきた自分は、やっぱりしっかり生きて、一枚の葉のように散っていかなければならないのかもしれない。


親愛なる祖母へ、本当にありがとう。



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by a_k_essay | 2009-04-08 05:53